リタイア後の55歳からあこがれの「海外ひとり暮らし」を強い意志と実行力で実現した永田朝子のホームページ
 
 
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6月9日(土)

Wilmaさんにマカティ市のベラスケス パーク「JAIME C. VELASQUEZ PARK」での路上市場に案内して貰いました。


ベラスケスパークのフェスタ!JAIME C、VELAQUEZ PARK


「ブタの丸焼」(レチョン・バブイ)、「牛の丸焼き」(wholly Cow ! Lechon Baka)、「綿菓子」&「太鼓焼き」等が、所狭しと並んでいます。


懐かしい綿飴!cotton candy


「今川焼き」 「太鼓焼き」?



子豚の丸焼き「レチョン・バブイ」


牛の丸焼き「wholly Cow ! Lechon Baka」Bakaはタガログ語で牛の意味。


ラッキーなことに、フィリピン文化の魅力で外せない「フィエスタ(Fiesta)」が催しされており、色とりどりの民族衣装でのダンスを“陽気なフィリピン人“に混じって、思いっきり「お祭りの文化」を体感できました!









フィリピンは7107 の島々とそれを囲む太平洋の豊かな自然がいっぱい!でもフィリピンの魅力はそれだけではありません。
約300 年間にも及ぶスペイン統治の影響を受け、東南アジア唯一のキリスト教国であるフィリピン。
「東洋のバチカン」とも呼ばれるこの国には、文化・言語・宗教など日常生活の様々なシーンで今もスペインの香りが色濃く残っています。
会話も英語からスペイン語に、気が付けばいつの間にか変わっている。
そんな他の東南アジア諸国とは違った文化にも魅せられます。

その後、ウイマさんとのランチは「グリーンベルト内」の日本レストラン「KAI」 にて!


ランチは日本レストラン「KAI」にて


夕方からは中塚さんに、懐かしいマニラ湾を横目に幹線道路のロハス・ブルーバードを ドライブでマラカニアン宮殿マニラホテル等ガイドして頂きました。


マラカニアン宮殿のゲイト(フィリピンの大統領官邸)


マラカニアン宮殿といえば「イメルダ夫人」を思い出します。
未だに3000足を超える靴と6000着以上のイメルダ婦人の服が残されたといわれます。
当時40代の夫人を目前で拝見しましたが、色が真っ白でとても美しい方でした。


マニラホテル(アメリカ統治時代に建設されたホテル)


「マニラホテル」 コロニアル・ホテルのロビー


2012年、開業100年を迎えたマニラホテルは、コロニアルホテルとして楽しめ優雅な雰囲気に浸れます。
17〜18世紀にイギリス・スペイン・オランダなどの植民地に発達した建築・工芸の様式。

マニラホテルには歴史的人物が大勢泊まっていますが、その最たる人物は「マッカーサー」で、彼の宿というより住居だったとか!

夕食に案内して戴いたのは「ユニカセ・レストラン」(uniquease Restaurant)


「ユニカセ レストラン」 UNIQUEASE RESTAURANT


「ユニカセレストラン」のスタッフの女性と!


当日、オーナーの「中村八千代さん」はあいにく出張でお目にかかれませんでしたが、 明治大学経営企画部広報課が発行の 「 Meijin 世界で活躍する明大卒業生たち」Feel the MEIJI Spirit!!に登場の 社会起業家の中村八千代さんに感動!

フィリピンで青少年を雇うレストランを経営、恵まれない子どもの自立を支援されています!
「本」に寄りますと、彼女は短大在学中に最愛のお母様を亡くされ、その後は4億の借金等、修羅場の連続を経験され、人生まさに綱渡りというより「糸渡り」。
しかし借金返済の目処頃が経った時、自分のためではなく、誰かのために働きたいという気持ちが芽生えてきてNGOの職員として活動し、現在はフィリピンでユニカセ・コーポレーションを立ち上げ、このように恵まれない青少年が働くレストランを運営されています。

彼女の活動は http://www.uniquease.net/ で是非ご覧いただけたらと思います。

6月10日(日) AM10:00過ぎから予約しておいたガイドのマイラさん。

思い出深い場所をお願いして案内して貰うのは、

先ずはなんといっても「Bel Air2」のヴィレッジ!

4年間、家族4人と二人のメイドと一緒に暮らした「元わが家」へ!


家族と共に4年間暮らした「Bel Air2 」ヴィレッジ 入口


ゲートのセキュリテー・ガードマン



いよいよ 「Bel Air 2」 ヴィレッジ内へ!


Bel Air 2 「CONSTELLATION ST」の標識


このビレッジは入門管理が大変厳重で、「家」への訪問は家主の名前を云わなければ中に入れない。
現在住まれている方の名前など知る由もない。聞くところによると現在はマレーシア人が住んでいるとか!
最初は断られましたが、事情を話すと随分待たされましたが「判りました。Police Motorcycle(白バイ)が先導しますので、その後をついてきてください。自宅の写真は撮らないように!」との事。樹が必要以上に伸び、道幅が狭く感じる道路は昔の面影はまったくなく、老朽化したビレッジの中をゆっくり走ります。
見えてきました!「20 CONSTELLATION ST」の標識が!!!
はい、そこを右へ!!! 16 18 20 あ、ありました!が、昔の「家」はない!
新しく鉄筋の2階建に変わっていました。
そして後ろには高層ビルが!

今もマニラを想う時、かつてのわが家の庭で、あのヤシの木とパパイヤの樹の下でクック・メイドのビッキー、ウオッシュ・メイドのベティ、ファミリー・ドライバーのルーベンと一緒にカメラに撮った当時3才と5才の娘達がいる。

その後、マニラのランドマークとも言えるメトロポリタン美術館、リサール公園、マニラ大聖堂、&サン・オウガスチン教会と、案内して貰いました。


街中を走るカレッサ(馬車)


メトロポリタン美術館内(フィリピンの「現代美術」に力を入れている)



リサール公園(フィリピンの国民的英雄のホセ・リサールが処刑された場所で、地下には彼の遺体が葬られています)。)


リサール公園内のフィリピンの国旗。



マニラ・カトリック大司教が本拠を置く、マニラ大聖堂(Manila Cathedral)


マイラさんと「マニラ大聖堂」の前の噴水にて



サン・オウガスチン教会(San Agustin Church) 世界遺産に登録されたフィリピン最古の石造教会


サン・オウガスチン教会の入ったすぐの部屋には大きな鐘が。


サン・オウガスチン教会の窓から見たパティオ。


ランチ・タイムは3人でフィリピン料理の「Max’s Restalarant」 マイラさん(Myly)と、ハイヤーの運転手さん


Max'sレストランでフィリピン料理! Mylaさんとハイヤーカーの運転手さん


「フォート・ボニファシオ」と「アメリカン・セメタリー」

30代のマニラ駐在夫人の時には、そこはゴルフ場でした。練習場もありました。
マカティ市の商業施設アヤラセンターと、エドサ通りを挟んで反対側に広がる最高級住宅ビレッジ「フォルベス・パーク」のマッキンリー通りを上りきったところに高層ビルが立ち並ぶ「ボニファシオ・グローバル・シティー」 が見えてきます!
フィリピン国軍の基地跡地を民営化、その後再開発して生まれたフィリピン最先端の都市になっています。


新しい街!BGC 「ボニファシオ・グローバル・シティー」


BGCの高層ビル街


前回訪問時のわずか15年前まではうっそうと原生林が生い茂る「ボニファシオの森」でした。基地跡の再開発は1995年1月、ラモス元大統領が推進した国有地転用計画の一環として基地内の土地214ヘクタールを民間企業に売却したことから始まったそうです。
それ以降、ナラやマホガニーなど熱帯樹の大木が切り倒されて整地され、そこに巨大な高層ビルが建てられて、まっすぐに伸びた道路には街路樹が整然と植えられ、かつての森は姿を消して一大新興都市へと生まれ変わっていったのです。


「アメリカン・セメタリー」周辺の高層ビル1


「アメリカン・セメタリ―」周辺の高層ビル2


ラグーナ湖とマニラ湾を見渡すようにしてそびえ立つ「雄大な高層ビル群」。
マニラから帰国してかれこれ30年余りになります。
その間3回訪ね今回が4度目の訪問になります。
前回は来豪前で、既に15年前になりますのでその間のマニラの変貌は凄まじいものがあり、そこには昔、ゴルフ後に「カラマンシージュース」や「ライムジュース」を飲んで友人達と愉しく歓談した想い出がありますが、その「想い出」さえ、切り倒されたようで昔の面影はまったくありませんでした。

又隣接する広大な場所に「アメリカン・セメタリー」という場所があります。
そこには第二次世界大戦中、フィリピンでの戦いで命を失ったアメリカ人兵士やフィリピン人兵士たちの何万という数の十字架の墓が整然と並んでいます。
ここからも「雄大な高層ビル群」が見えていました。

夕方 ウイマ(Wilma)さんが「さようなら」の挨拶にホテルのロビーに来てくれました!
明日の飛行機で今度は「ポルトガルの家」に戻られます。半年間は「ポルトガル暮らし」のウイマさん。
次回は真夏のクリスマス! シドニーでの再会を約束して!(^O^)/

夜  Bel Air,Makati Cityのスペイン料理「LA TIENDA」。


スペイン料理・レストラン「LA TIENDA」には いろんなお土産品も在ります。


食後、マニラの最後の夜は、懐かしい「ザ ペニンシュラ マニラ (The Peninsula Manila)のロビーへ!「ペニンシュラ・ホテル」の「マルガリータ」! それは、私にとっては懐かしい"マニラの香りと想い出"のカクテル。
今でもマニラを想いだすと胸キュン!状態になります。


ザ ペニンシュラ マニラ (The Peninsula Manila)の吹き抜けの白亜のロビー


マニラの想い出・それはマルガリータのカクテル!


この度、念願叶って訪問できた「ノスタルジア・マニラの旅!」

中塚さん、Wilmaさん、そしてガイド のMylaさん!
お陰様で大変愉しい有意義な「マニラ訪問」が出来ました!
有難うございました!厚くお礼申し上げます(^O^)/


帰国日!「フェアモント・マカティ」ホテルのロビーにて


マラーミンサラマッポ(^O^)/(Maraming salamat po.)


国際空港(Ninoy Aquino)のターミナル内


国際空港のターミナル内のBoard!


2013年 10月1日     シドニーにて  永田 朝子

 
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